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東京地方裁判所 平成6年(ワ)8096号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、四三六四万一四七三円及びこれに対する平成二年一〇月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は原告の勝訴部分に限り仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告は、原告に対し、六二三四万四九六二円及びこれに対する平成二年一〇月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、金の商品先物取引に関する被告従業員の勧誘等の一連の行為が不法行為に当たるとして、被告に対し、右取引によって被った損害及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠によって認定した事実は文中ないし文末に証拠を掲記した。その余の事実は争いがない。)

1 被告は、昭和六三年一二月二七日、商品取引所の会員又は商品取引員として、それらの市場における貴金属等の一切の上場商品及び上場商品指数を対象とする先物取引及びその受託業務などを目的として設立された会社である。

2 原告は、平成二年八月一七日、被告の営業外務員であった小野昭夫の勧誘に応じて、東京工業品取引所及び東京穀物商品取引所の商品市場に上場される商品の売買取引(先物取引)を被告に委託して行う契約を締結した。

3 原告は、小野及び被告本店営業部課長古川公一を通じて被告に対し、別紙売買一覧表記載のとおり平成二年八月一七日から同年一一月九日までの間買付け及び売付けの取引を委託し、東京工業品取引所において金の先物取引を行った。

右取引内容の委託時の状況、委託証拠金の支払状況等は以下のとおりである。

(一)原告は、小野を通じて金先物五〇枚(一枚当たり一〇〇〇グラム)の購入を被告に委託し、小野に対し一〇〇〇万円を交付した。なお、一枚当たりの委託証拠金は一一万一〇〇〇円であり、この際必要であった委託証拠金は五五五万円であった。

(二)原告は、同月二〇日、小野を通じて被告に対し、金を更に五〇枚購入することを委託し、一一〇万円を送金した。

(三)原告は、同月二三日、任天堂株一〇〇〇株とそれまでに被告に預けていた委託証拠金とを差し替え、同株式は同年一〇月一日に二三九一万二五四一円で売却され、そのうち一〇〇〇万円は受領したが、残金は委託証拠金に充当された。

(四) 原告は、同月二九日、小野から追加証拠金(以下「追証」という。)七八万円を要求され、被告に対して一〇〇万円を送金した。

(五) 原告は、同年九月三日、被告から更に追証として五三三万円を請求され、同額を被告に送金した。

(六) 原告は、小野から追証として、同年九月六日及び同月一七日にそれぞれ五五五万円を請求され、各同日それぞれ五五五万円を被告に送金した。

(七) 原告は、金の価格が上昇傾向にあったことから、同月一八日二〇枚、同月二五日三〇枚追加購入した。

(八) 原告は、被告従業員らに両建てを勧められ、同年一〇月八日五〇枚、同月一六日一〇〇枚の合計一五〇枚の売建玉をし、被告に対し、同月一一日三〇〇〇万円、同月一六日一〇〇〇万円の各追証を支払った。

(九) 原告は、同月二六日、古川に対し、一五〇枚の売建玉を仕切るよう指示し、さらに、同月末ころ古川から金相場が下落する可能性があるので買建玉を段階的に決済した方がよいと勧められ、同月二九日九〇枚、同年一一月一日三〇枚、同月三日一〇枚、同月九日二〇枚の買建玉をそれぞれ決済した。

(一〇) 以上の取引の結果、被告から証拠金残金として三九九万七五七七円の返済を受け、原告と被告間の取引は終了した。

4 損失

原告は、前項の一連の取引(以下「本件取引」という。)の結果、六二三四万四九六二円の損失を被った。

二  争点

被告従業員らの一連の勧誘行為が不法行為に該当するか否か。

1 原告の主張

(一) 不適格者排除の原則の無視

原告は、三〇年以上の療養生活者であり、昭和五五年四級の身体障害者に認定された無職の年金生活者である。被告は、長期療養生活者、身体障害者、かつ年金生活者である原告を、信義則上、先物取引の不適格者として取引の対象とすべきではなかった。

(二) 説明義務違反

原告は、先物取引の知識経験が全くなかったから、小野は、本件取引を開始するに当たっては、先物取引の意味や仕組みなどを説明して理解させるべき義務があるのに、これを怠ったばかりではなく、取引開始後、原告が再三説明を求めたにもかかわらず、小野及び古川は、これを無視して右要求に応じなかった。

(三) 過量取引

先物取引業界では、取引適格者についても自己判断で取引することが容易ではないことを考慮して、新規委託者について三か月間の保護養成期間を設け、その間は原則として建玉枚数を二〇枚以内としている。原告は、長年療養生活を送ってきたため、閉鎖された環境で生活して現在に至っているのであるから、先物取引についての理解力判断力を習得するには一般の委託者よりも長期間を要するところ、小野及び古川は、原告に対し、わずか二か月余りの間に三〇〇枚という無謀な枚数の建玉をさせた。

(四) 断定的判断の提供

商品取引所法九四条一号では、勧誘員の断定的判断の提供を禁止しているところ、本件においては、小野及び古川は、「間違いなく値上がる」、「値下がる要素は何一つない」などの断定的判断を提供して、その旨原告に誤信させて本件取引をさせた。

(五) 両建て

被告従業員小野、馬場達義及び古川は、原告に対して両建てを勧めて実行させているが、両建ては、先物取引業者の多くが素人の委任者から資金を出させたり、手数料稼ぎのために頻繁に使っている手法である。

2 被告の主張

(一) 不適格者排除の原則の無視

被告担当者小野及び古川は、本件一連の取引を勧誘した当時、原告が長期療養生活者、身体障害者、かつ年金生活者であることを知らなかった。

(二) 説明義務違反

本件取引は、原告が被告に対して資料請求し、電話を架けて始めたように、原告は、常に金の先物取引に対して積極的に興味をもっていたのであり、右事実に照らせば、原告は本件取引開始当初から、商品先物取引の内容や仕組みについて、取引を行うについて必要最小限の知識を持っていたと思われる。また、小野は、本件取引を始めるに際して、原告に対し、金の先物取引を行うについて必要とされる基本事項(ハイリスクハイリターンの差金決済の取引であることや値洗い、追証の請求など)について説明をした。

(三) 過量取引

被告にも新規委託者について三か月間の保護養成期間を設け、その間は原則として建玉枚数を二〇枚以内とする社内規定があるが、原告は、自ら積極的に取引を開始し、最初から五〇枚の買建玉を注文し、その資金についても問題がなかったのであるから、右社内規定に反することもない。

(四) 断定的判断の提供

小野及び古川は、断定的判断を提供したことはない。同人らは、自らの相場観を説明し、原告が取引を行うに当たっての判断材料を提供したにすぎない。

第三  争点に対する判断

一  事実経過の認定

争いのない事実等、《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

1(一) 原告は、昭和三年三月二五日生、同一八年七月上野夜間中学中退、以後会社勤務をしたが、同二二年肺結核に罹り、同二四年助骨を六本切除、同四四年六月胃潰瘍再々発のため胃を切除、同五五年五月二九日第二種身障者四級の認定を受け、その間入退院を繰り返しており、現在も気管支拡張症、呼吸機能障害、右肩、左肘機能障害により加療中である。原告は、昭和二四年ころ乙山花子と結婚し一男一女を設けたが、同四四年六月別居するに至り、同四六年九月からは内妻丙川松子と同居を始め、同女との間に長女(同五四年九月生)及び二女(同五九年一二月生)を設け、現在は主に原告の老齢年金(同五五年三月支給開始)と丙川の給料で生計を維持している。

(二) 原告は、平成二年ころ、花子との別居時に取得した現金等及び交通事故による損害賠償金六〇〇万円並びにこれらの利息により約一億円の預金を、また、約六〇〇〇万円相当の有価証券を有していた。

(三) 原告の平成二年ころまでの株取引の経験は、証券会社の営業員の勧めで、NTT株の公募に応じて二株購入し、一株を譲り受けたこと、その後、右営業員の勧めで、NTT株を売却してその代金で任天堂株一〇〇〇株を購入して無償増資で三〇〇〇余株となったことがあり、その他併せて四銘柄について取引経験があるのみで、株の信用取引及び商品先物取引の経験はなかった。

2(一) 原告は、平成二年一月ころ、インフレによる預金の目減りの不安を感じていたことから、インフレ時には金が値上がりすると考え、被告の新聞広告を見て被告に対し、「原油・金利と金の関係」に関する資料請求のはがきを出したが、該当資料はないという回答を受けた。

(二) 小野は、同年五月二七日ころ、原告に電話をし、金の購入を勧誘したが、原告は勧誘に応じず、以後六回くらいの電話のやりとりの中で、原告は取引資金は一〇〇〇万円ないし二〇〇〇万円と述べたが、全体としては金一般の話や世間話が中心であり、金の先物取引についての具体的な説明は受けなかった。

この点、証人小野は、金の先物取引について説明した旨供述するが、同人の供述には具体性がないこと、小野が事後に作成した報告書にもその旨の記載はないこと及び原告本人尋問の結果に照らして採用できない。

(三) 原告は、同年八月六日ころ、イラクのクウェート侵攻が行われ、多くの銘柄の株価が値下がりしたことから、預金の目減りの不安におそわれ、直感的に金が値上がりするのではないか、財産のうち数パーセントでも金を買っておいた方がよいのではないかと考えて小野に電話をして相談したところ、同人から金の購入を勧められた。

3(一) 原告は、同年八月一七日、小野に対して電話をし、金を購入したいので資金として一〇〇〇万円用意する旨述べて来宅を請うたところ、小野は、同日午前一〇時二五分ころ、原告宅を訪問した。原告は、小野に対し、自分が無職であってほとんどの時間自宅にいることや資産状況及び任天堂の株式を保有していることなどを話し、小野に金をどのくらい買うのかと聞かれ、五〇〇万円分購入して、値動きをみて残りの五〇〇万円をどう使うかを決めたいと述べ、小野に対し一〇〇〇万円を交付し、預り証を受け取った。小野は、被告に連絡して前場二節において、原告の取引として金五〇枚を購入した。その際、原告は、小野の求めに応じて約諾書兼通知書に署名捺印し、アンケートに記入し、受託契約準則及び商品先物取引委託のガイドを受領したが、小野は金先物取引について資料に基づく説明はほとんどしなかった。

(二) 証人小野は、同日原告宅に説明資料を持参して三〇分程度先物取引について説明した等右認定に反する供述をするが、小野が原告宅を訪れたのが午前一〇時二五分ころであり、原告の注文が行われた前場二節は午前一〇時三〇分に開始され取引の執行が金、銀、白金の順に行われていたから右金五〇枚の注文は午前一〇時四五分ころまでの間に行われたはずであり、小野が原告宅を出たのが一一時一〇分ころであることを考慮すると、少なくとも右注文前には資料に基づく説明がされているとは考えられず、注文後についても金員(一〇〇〇万円)の授受や必要書類の記入等が行われており、商品先物取引の経験のない原告にその仕組みを理解させるに十分な時間があったとはいえないこと、後記認定のとおり原告が金の先物取引について充分理解していたとはいえないことに照らして採用できない。

なお、原告は、同日、小野に対し、原告が長期療養生活者、身体障害者、かつ年金生活者であることを話した旨主張しこれに沿う供述をするが、《証拠略》によれば、原告は、小野や古川に対して任天堂の大株主であり、社長と懇意にしている等見栄を張った発言をしていることが認められ、これらの事実及び同証人らの供述に照らして採用できない。

4 原告は、同月二〇日、小野から電話で、「基調は強いからもっと買った方がよい。あと一一〇万円出してくれると切りがよい。」と勧誘を受け、被告に対して一一〇万円を支払った。小野は、右金員を金五〇枚の購入のための委託証拠金の一部として受領し、原告の取引として金五〇枚を追加購入した。

5 原告は、同月二〇日又は二一日、小野から「株(任天堂)を預けてくれれば前に受け取っている金は返せる。」と言われ、同月二三日、原告宅に来訪した小野に対して任天堂株一〇〇〇株(当時一株一万八八三〇円)を交付し、一一一〇万円の返還を受けた。

6 原告は、同月二九日、小野から電話で追証として七八万円を要求され、なぜ金員を支払わなければならないのか分からなかったので、同人に対して説明を求めたが、小野は「近いうちに伺う。」と返事をしたので、被告を信じて一〇〇万円を送金したが、小野は、その後原告方を訪問しなかった。

7 原告は、同年九月三日、被告から更に追証として五三三万円を請求されて同額を、また、同年九月六日及び同月一七日にそれぞれ五五五万円を請求され、各同日それぞれ五五五万円を被告に送金した。

8 原告は、同年九月初めころ、小野の上司であった馬場から電話を受け、「今、両建てをしないと大変なことになる。両建てをすれば追証を払わなくてよくなる。」旨勧められたが、これに応じなかった。

9 原告は、同月一七日、古川から電話で、これから馬場に代わって担当させていただく旨の挨拶の電話を受け、翌一八日には、古川から、「為替の影響で値上がるから買った方がよい。そうするとこれまでの損が多少でも埋められる。」と言われて同意し、金先物を同月一八日二〇枚、同月二五日三〇枚をそれぞれ追加購入した。

被告は、右二〇枚については、原告が独自の相場観で購入した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

10 原告は、自己の取引状況等について説明を求めても応じてくれない被告従業員らの態度に不安になり、同年九月二二日、新聞広告で知った商品先物取引業者である第一商品株式会社に電話をし、千葉支店営業部係長の村山優に被告との取引について相談した。原告は、同月二五日、村山から、被告との金先物取引の数が多く、今が底値であるとの説明を受け、金五〇枚の購入を委託して以後第一商品との取引を開始し、多数の取引を行った。

11 被告は、同年一〇月一日、任天堂の株式を二三九一万二五四一円で売却し、同月二日、右代金のうち一〇〇〇万円を原告に返還したが、残金は委託保証金に充当した。

12(一) 原告は、同年一〇月ころ、古川から、「こうなったら売りを建ててこれ以上の損失を防止しなければならない。」と再度両建てを勧められて、両建ての内容を充分理解することなく、同年一〇月八日五〇枚、同月一六日一〇〇枚の売建玉をし、被告に対し、追証として、同月一一日三〇〇〇万円、同月一六日一〇〇〇万円をそれぞれ支払った。

(二) 証人古川は、原告が両建てを充分理解していた旨供述するが、原告は先物取引の経験がなく、小野も先物取引については充分な説明をしていないこと(前記認定)、本件の両建ても第一商品の千葉支店次長中山好史にアドバイスを受けて決済をしていること(後記認定)に照らすと右供述は採用できない。

13 古川は、同月二〇日、原告に面接の上同人に対し、「本当に儲ける気がありますか。こういう方法でやれば、必ず儲かります。やってみませんか。そうでもしないと今までの分は取り返せない。」旨述べた。

14(一) 原告は、第一商品の中山のアドバイスに従って、同月二六日、古川に対し、一五〇枚の売建玉を仕切るよう指示し、さらに、同月末ころ古川から金相場が下落する可能性があるので買建玉を段階的に決済した方がよいと勧められ、同月二九日九〇枚、同年一一月一日三〇枚、同月三日一〇枚、同月九日二〇枚の買建玉をそれぞれ決済した。

(二) 被告は、原告が古川に対して、「良く思い切って手仕舞いを勧めてくれた。」と述べて感謝した旨主張し、古川はこれに沿う供述をするが、《証拠略》に照らして採用できない。

15 以上の取引の結果、原告は,同年一一月一四日、被告から証拠金残金として三九九万七五七七円の返済を受け、六二三四万四九六二円の損失を被って被告間との取引を終了した。

なお、原告は、その後も続いていた第一商品との取引について参考とするため、被告に資料の送付を依頼したことがある。

二  判断

1 金の先物取引は、金の取引価額に比して少額の証拠金(本件では約二〇分の一)で差損金決済をすることにより多額の取引ができる極めて投機性の高い取引であり、取引額が多額にのぼるため、わずかな単価の変動によって莫大な差損金を生じる危険がある(公知の事実)。したがって、営業外務員あるいはその被用者である被告は、先物取引の委託を受けるに際し、顧客(委託者)の経歴、能力、先物取引の知識経験の有無、委託に係る売買の対象、数額、価格変動の特性等及び委託に至った事情等を考慮して、顧客に右危険の有無、程度について判断を誤らせないよう配慮すべき信義則上の義務を負っているというべきであり、右営業外務員あるいは被告は、顧客に対して、同人が右危険の有無、程度につき重要な判断を行うことを著しく困難とするような態様方法により、右取引の勧誘を行った場合は、その行為は不法行為としての違法性を帯び、不法行為を構成すると解される。

2 そこで本件について検討する。

(一) 原告の先物取引に対する適格

前記認定の事実によれば、原告は、経済情勢に照らして金の値動きを予測するなどある程度の経済的能力を有し、平成二年当時約一億六〇〇〇万円程の資産があったものの、療養生活を続いている第二種四級の身体障害者であり、かつ無職で主として年金と内縁の妻の収入によって生活を維持している者であっていわゆる経済的弱者ということができ、金に対する投資意欲は有していたものの老後の生活について預金の目減りの不安を抱えていたことが購入動機であって先物取引について積極的であったわけではないこと、株式の先物取引及び商品先物取引の経験は全くなかったことが認められ、これらの事実に照らすと、原告は、金の先物取引については、不適格者とまではいえないまでも十分な知識能力を備えた者ということはできない。そして、被告担当者小野及び古川は、本件一連の取引を勧誘した当時、原告が長期療養生活者、身体障害者、かつ年金生活者であることを知らなかったようであるが、そうであるとしても、前記のとおり、金の先物取引が投機性の極めて強い取引であることに照らすと、かかる取引を勧誘する者は、顧客がそのような取引を行うに足りる知識能力が備わっているか否かを調査すべき義務があるというべきであり、小野及び古川には右調査義務の違反があるというべきである。

また、被告は、原告は、本件一連の取引開始当初から先物取引について積極的であり、必要最小限の知識を有していた旨主張するが、前記認定の事実に照らすと、右のごとき事実を認めることはできず、かえって、原告は、本件取引を開始した平成二年八月一七日には一〇〇〇万円という金五〇枚分の委託証拠金としては中途半端な金額(一枚当たり一一万一〇〇〇円、五〇枚で五五五万円)を用意して小野の来訪を待っており、その三日後には小野の勧誘により結局一一〇万円を追加して五〇枚を追加注文したこと及び《証拠略》に照らすと、原告は、先物取引の仕組み及び重要事項等についてよく理解しておらず、むしろ当初金の先物を購入した時点では、金の現物取引と誤解していたものと認められる。

(二) 被告従業員の説明義務違反の有無

前記認定の事実によれば、被告従業員小野は、原告は商品先物取引については新規取引者であって知識経験がなく、その能力も十分でなかったのであるから、金の先物取引は、少額の証拠金で差損金決済により多額の取引(本件では約二〇倍)ができる極めて投機性の高い行為であり、取引額が多額にのぼるため、わずかな単価の変動によって莫大な差損金を生じる危険があること等を十分説明すべきであるのにこれを怠り、原告が現物取引と誤解した疑いすらあるのにこれを十分確認せずに先物取引を勧誘し、一〇〇〇万円を受領した。そして、小野は原告に対して追証を請求した際、同人から説明を求められたにもかかわらずこれに応じなかったこと、また、古川は電話でその内容を十分説明することなく追証の発生を免れることができる点のみを強調して両建てを勧め、原告の取引金額を増やしたことが認められ、以上の事実に照らすと、小野及び古川に説明義務違反があることが明らかである。

この点、被告は、原告に対し電話あるいは小野が訪問した際に金の先物取引の仕組みを説明し、原告は充分理解していたと主張し、証人小野及び古川はこれに沿う証言をする。しかし、金の先物取引の仕組みは電話で十分に説明できる内容ではないし、説明のパンフレットは本件取引以前には交付されておらず、小野は最初の委託注文を受ける際に初めて交付したのであるし、同人が先物取引の説明をほとんど行わなかったこと、原告は追証を要求され、両建てを勧められたり買いを勧められるのに対して自己の取引状況が理解できなかったため、第一商品に連絡して説明を求めていること(前記認定)に照らしても採用できない。

(三) 過量取引(新規委託者の保護)

被告において、新規委託者については三か月間は建玉枚数を二〇枚以内とする旨の社内規定があり(争いがない)、右規定は新規委託者の保護育成の見地から商品先物取引の危険性を熟知させるために一定期間勧誘を自粛する趣旨と解されるところ、これは、商品取引員に対して要請される委託者に対する信義則上の義務というべきであり、正当な理由なく著しく右趣旨を逸脱した勧誘行為を行った場合は不法行為としての違法性を帯びると解される。

前記認定によれば、被告は、原告に対し、初回の取引から金の先物五〇枚という新規取引者としては異常に多額の購入を勧誘して注文を取り付け、その後も勧誘を続けて一〇〇枚の購入の委託を受けて、結局原告に一五〇枚の買建玉をさせ、金の価格が下落して値洗損が生じると、その内容を充分説明することなく追証の発生を免れることができる点のみを強調して両建てを勧め、原告の取引金額を増加させ、わずか二か月の間に合計三〇〇枚の金の先物取引をさせ、それに応じた手数料収入を得たことが認められる。以上の事実に照らすと、小野及び古川には、原告に過量取引をさせたことによる新規委託者の保護義務違反が認められる。

被告は、原告が自ら積極的に本件取引を開始し、最初から五〇枚の買建玉を注文し、その資金についても問題がなかったから右被告の社内規定にも反しない旨主張するが、前記認定のとおり、原告は、先物取引については十分な知識能力を有していなかったのであるし、先物取引について積極的であったとも認められないから、たとえ財産的にゆとりがあったとしても新規委託者として保護の必要がないと認めるに足りる正当の理由があるとはいえない。

(四) その他

(1) 断定的判断の提供の有無

小野あるいは古川が、「間違いなく値上がる」とか「値下がる要素は何一つない」と述べた事実を認めるに足りる証拠はない。前記認定によれば、小野が「基調は強いからもっと買った方がよい」、古川が「為替の影響で値上がるから買った方がよい」と述べたことは認められるが、原告はある程度金の値動きを判断する経済的能力を有していたと認められることに照らして、右小野及び古川の勧誘行為を断定的判断の提供ということはできない。

(2) 両建て

本件取引において両建てが行われたことは前記認定のとおりであるが、両建ては、余分な手数料が増加するという経済的負担はあるものの、他方、建玉に値洗損が生じた際に損失を固定して相場の状況をみたり、損失の発生を後日に繰り延べて時間を稼ぐために使われるなど、委託者にとって全く無意味というわけではない。したがって、両建てが行われたことのみをもって勧誘が違法であるということはできない。ただし、本件においては、前判示のとおり、新規委託者である原告に十分にその内容及び利点・欠点を説明することなく両建てを勧め、取引数量を著しく増加させた点において問題がある。

(五)まとめ

以上によれば、被告従業員らが原告に対して行った本件取引に際しての勧誘行為は、全体として違法といわざるを得ず、不法行為を構成し、被告は、民法七一五条に基づく使用者責任を負う。

3 損害について

(一) 原告が、本件一連の取引の結果、合計六二三四万四九六二円の損失を被ったことは前記認定のとおりである。

(二) しかし、前記認定の事実及び《証拠略》によれば、原告は、商品先物取引については十分な能力を有していないとはいえ、本件取引当初から金の現物取引をするつもりではおり、国際情勢や経済状況に照らして金価格がどのように動くかを研究し、被告の先物取引に関する広告を見て被告に対して資料請求をしていることに照らすと、ある程度の経済的能力を有していたということができ、また、被告と先物取引の委託契約をした際、約諾書兼通知書に署名押印し、受託契約準則及び商品先物取引委託のガイドを受領しており、これらの書類上は取引の対象が先物取引であり、右取引の危険性を示す内容が書かれていたのであるから、内容を読んだ上小野に対して質問することにより容易に現物取引との差異を知ることができたはずであるし、後日これらの書類を精査し、自己の目的とした取引と異なることを知って取引を中止することもできたこと等の事実が認められる。

以上の点を考慮すると、原告にも過失があったといわざるを得ず、公平の観点からみて、原告の過失割合を三割として、前記損害額から控除するのが相当である。

(三) したがって、過失相殺により、原告が請求できる損害額は、四三六四万一四七三円となる。

三  以上によれば、原告の請求は主文の限度で理由がある。

(裁判官 脇 博人)

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